ムーブシロ

雑な思考

術者的技術

俺は字を書くことが別に好きじゃあない。絵を描くことだって向いているわけでもない。音楽は向いている。クラシックやジャズやブルースが弾けるなら、俺はとっくにブルーノートの一員であると思う。俺はプレイヤーには魅力を感じない。

芸術は好きだった。説教クサイ人間ばかりで、俺は自分を肯定できるモノだったからだ。俺も人から疎外されて、無下にされようとも、芸術は俺を容赦なく認める。俺にそこにいろと言う。どこに行っても月一回は来な。という。なぜだろうか?それは、俺も説教クサイ人間で、紛い物であるからだ。芸術は本物じゃない。でも人間は本物なのだ。

芸術に魅せられてしまう理由だ。一方で芸術に一線を画し、感動はするが魅せられない人もいる。芸術的創造はその人たちには難しいかもしれないが、社会で生きていくには好都合な感覚だと思う。その人たちも、技術的創造は可能だし職人にだってなれる。

俺は生きててその人たちが何度も羨ましいと思った。寝ればストレスが無くなる人なんて、自分では想像もつかないほど超人的なのだ。俺は起きると寝る前の思考を始めてしまう。だから寝ている時間っていうのは俺にとって最上の幸福でもある。考えることは疲れるものなので。

飲み会の席で安楽死か10億円かどっちがいい?という話になり、俺ともう一人だけが安楽死と答える。そういうものでいいじゃないかと思うのだ。俺はいつでも人生を終わりたいが、ボタンが無いので生きている。だからボタンが現れない今、音楽を書くということだ。でも俺はその後10億円でもいいと思った。9億は家族にあげて、外国に渡って麻酔をかけられて銃で撃たれるのも悪くないな。と言ったら、女は引いていた。