ムーブシロ

雑な思考

大義

大層な大義を持つことは才能である。幼少期、思春期に無謀、めちゃくちゃで大それた未来を持てるのは、完全なる才能である。

自分に才能があるとすれば、これである。俺は小学生の時の作文に160kmの球を投げるメジャーリーガーと書いた。それはギャグではない。その当時は真顔で書き、先生に鼻で笑われても、友人に鼻で笑われても何も言い返さないことを徹底した。能無しだが当時はできると本気で思っていた。子供の頃の少ない記憶の中で残る名シーンである。

これと好きな女の子のケツを触ったらつねられた思い出が俺の中で好きなところ。これをその子からイジられることが度々あったが、そのたびにごめんなさいと言う。今すればフツーにお縄である。今現在も酔っ払うと隣の人間の肩を触る癖があるとどこかで言ったが、これも直さなければいけない。

さておき、もっと小さい頃からウルトラマンギンガマンになると言っていた。これは小さな子にはよくあることである。中学に上がり音楽を始めたので、バンドマンになりたかったし、高校は音楽家になるだろうと思っていた。今は落ちに落ち引きこもりである。人生分からないものだなと思う。

今はどこかで言ったがサイボーグになりたい。サイボーグ音楽家の〇〇などと言う記事を見かけたら、あれ?ムーヴシロじゃね?となるだろう。悪いがその時は別人である。